大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)886号 判決

被告人 大谷三郎

〔抄 録〕

そこで所論にかんがみ職権をもってまず原判決を調査するに、原判決は、被告人は「大型貨物自動車を時速約六ないし一〇キロメートルで運転進行中、姥ケ山方面から紫竹方面に向って右折するに際し、進路前方左右の注視を不十分のまま進行したため、交差点脇に標示されている横断歩道の直前に来て、右横断歩道の紫竹寄りの端を左から右に向い横断歩行していた小林栄子(旧姓鶴岡、二二才)を前方約五・四メートルの地点にはじめて発見した過失により、急制動をかけたが間に合わず、右横断歩道の北端から約二・四メートルの地点で自車前部を同人に接触させてその場に転倒させ、よって同人に対し全治約一二日間を要する脳振盪、後頭部皮下血腫等の傷害を負わせたものである。」と認定判示している。右判示は被告人において被害者を発見して直ちに急制動をかけたものであるという趣旨であると解されるが、原判示のような大型貨物自動車が通常の制動能力を有する場合、時速約六ないし一〇キロメートルで交差点を右折進行中、前方約五・四メートルの地点に左から右に横断中の歩行者を発見し直ちに急制動をかければ、歩行者の横断の方向が右自動車に接近するような右斜め横断である等の特段の事情がない限り、日常の経験則上空走距離を含めた広義の制動距離を前提に考えても歩行者に接触しないうちにその手前で停止するものといわなければならない。したがって原判決が特段の事情について何も説示することなくいとも簡単に被告人が右の速度、距離のもとで急制動をかけたが間に合わずに自車前部を横断歩行者に接触させてその場に転倒させたと認定判示したのは、経験則上合理的に首肯することができず、原判決には理由のくいちがいがあるものといわざるを得ない。もっとも、原審記録中の司法巡査作成の昭和四八年九月一九日付実況見分調書、被告人の司法巡査に対する同月二九日付供述調書及び検察事務官に対する同年一一月一五日付供述調書によると、被告人は一・二メートル前方に被害者を発見した旨供述し(変更前の訴因も同じ)ているところ、同じく司法巡査作成の同年七月二一日付実況見分調書(写真二葉添付)及び写真二葉(記録九〇、九一丁)、証人三瓶伸夫の原審公判廷における供述、槻間正太の司法巡査及び検察官に対する各供述調書によると、本件現場には被告人運転車両前輪、後輪のスリップ痕が残っており、その長さは測定されていないが、一・二メートルを超えていたことが窺われるので、右の被告人の供述は採用できないが、被告人の司法巡査に対する同年七月一七日付供述調書中には、当時の被告人車両の速度は時速約一五キロメートルであったとの供述があり、また前記槻間正太の司法巡査及び検察官に対する各供述調書中には、被告人車両の速度は時速約二〇キロメートル位に感じたとの供述があり、右各供述と前記のスリップ痕の状況とを合わせ考えると、被告人車両の速度は原判決が認定した時速約六ないし一〇キロメートルより速い速度であった疑いが強い。原判決のように被告人が前方約五・四メートルに被害者を発見し急制動をかけたが間に合わずに自車を同人に接触させたとして、被告人が被害者を発見するのが遅れた点を被告人の過失と認定するには被告人車両の速度は被害者を発見した時点及び同人との距離との関連上重要な前提事実であるので、さらにその点の審理を十分尽す必要がある。

(龍岡 西村 福嶋)

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